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最高裁判所第一小法廷 昭和60年(オ)813号 判決 1987年3月26日

主文

原判決中上告人ら敗訴の部分を破棄する。

右部分についての本件控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人板井優、同吉井秀広の上告理由について

一1  原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

(一)  上告人らと被上告人との間に昭和五二年七月一一日熊本地方法務局所属公証人岩隈政照作成に係る同年第二七八七号準金銭消費貸借契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)が存在するが、本件公正証書には、(1) 上告人ヱミ子は被上告人に対し、同上告人が被上告人から昭和五一年一〇月六日より同五二年二月二五日までの間に買い入れた三菱電機製品(エアコン他)の代金支払残債務二七〇万六〇〇〇円(無利息)を負つていることを確認し、同上告人と被上告人とは、同日、右債務を消費貸借の目的とし、同上告人は被上告人に対し、昭和五二年七月から同五五年三月まで毎月末日八万二〇〇〇円ずつ分割弁済する、同上告人は、右債務の履行を遅滞したときは、直ちに期限の利益を失い、日歩五銭の割合の損害金を支払う旨の合意をした(以下「本件準消費貸借契約」という。)、(2) 上告人嘉二郎は被上告人に対し、上告人ヱミ子の右債務につき連帯保証する旨約した(以下、被上告人の上告人らに対する右両債権をまとめて「本件準消費貸借契約に基づく債権」という。)、(3) 上告人らは、右債務を履行しないときは、直ちに強制執行を受けても異議のないことを確認した、と記載されている。

(二)  本件公正証書が作成されるに至つた経緯は、(1) 上告人ヱミ子は、旅館を建築するに当たり、電気機器の設備工事部分を訴外株式会社大浜銘電社(以下「訴外会社」という。)に請負わせていたが、訴外会社は右電気機器を三菱電機株式会社の指定業者である被上告人から買い受けていた、(2)(イ) 同上告人は、訴外会社に対する請負代金を支払うに当たり、訴外会社が被上告人から買い受けていた電気機器の売買代金二五七万二二〇〇円に相当する分につき、同上告人が被上告人から右電気機器を買い受けたこととし(以下「本件売買」という。)、また、この売買代金債務を被上告人が訴外株式会社熊本相互銀行(以下「訴外銀行」という。)と提携していた三菱ビジネスローンを利用して支払うこととし、昭和五二年二月二五日、被上告人との間で、右売買代金二五七万二二〇〇円のうち二〇万二二〇〇円を頭金として、同上告人が訴外会社に対して支払う、同上告人は被上告人に対し、右残金二三七万円にローン取扱い手数料一四万二〇〇〇円を加えた合計二五一万二〇〇〇円を支払う旨約したうえ、同上告人は右頭金の支払をした、(ロ) また、同上告人は、同年四月二七日、訴外銀行から二五一万二〇〇〇円を、これに弁済までの利息四五万二一六〇円を加えた二九六万四一六〇円につき、同年五月二七日に九万四一六〇円、同年六月から昭和五五年四月まで毎月二七日限り八万二〇〇〇円ずつ弁済する、右分割金の弁済を一回でも怠つたときは期限の利益を喪失する旨の約定の下に、借り受け、(ハ) 同上告人は被上告人に対し、同上告人の訴外銀行からの右借受債務についての保証を委託し、被上告人は、右保証委託契約に基づいて、訴外銀行と同上告人の右債務につき連帯保証契約を締結した、(ニ) 上告人嘉二郎は被上告人に対し、上告人ヱミ子が被上告人に対して負担することのあるべき求償債務につき連帯保証をする旨約した、(3) 同上告人は、昭和五二年四月二七日、訴外銀行から借り受けた二五一万二〇〇〇円をもつて本件売買残代金債務及び前記ローン取扱い手数料の支払を了した、(4) 被上告人は、同上告人が訴外銀行に対する借受債務の弁済をしない場合に、被上告人が訴外銀行に対して負つている連帯保証債務を履行することにより取得しうべき同上告人に対する求償権を確保するため、上告人らから先に交付を受けていた白紙委任状及び印鑑証明書を用い、訴外土持宝三を上告人らの代理人に選任して、昭和五二年七月一一日本件公正証書を作成した、というものである。

(三)  上告人ヱミ子は、訴外銀行に対し、昭和五三年五月一二日までの間に合計九九万四一六〇円の弁済をしたが、その余の弁済をしなかつたため、被上告人は連帯保証人として、昭和五四年三月一二日、同上告人の訴外銀行に対する借受債務残額一九六万四六〇五円(元金一九六万八〇〇〇円に徴求遅延損害金四万九五五二円を加えた金額から戻し利息返戻金五万二九四七円を控除した残額)の代位弁済をし、これにより、被上告人は、(1) 同上告人に対し一九六万四六〇五円とこれに対する同日から完済まで年六分の遅延損害金の求償権(以下「本件求償権」という。)を取得し、(2) 上告人嘉二郎に対し右同額の連帯保証債権(以下「本件連帯保証債権」という。)を取得するに至つた。

2  原審は、右確定の事実関係に基づき、本件公正証書に表示されている本件準消費貸借契約に基づく債権は、実質的には、本件求償権及び本件連帯保証債権と解しうるから、本件公正証書は、これらを表示したものとして、本件求償権及び本件連帯保証債権の範囲で効力を有し、これを超える部分については効力を有しないとし、本件求償権及び本件連帯保証債権の限度で、被上告人の本件控訴を容れ、上告人らの本訴請求を認容した第一審判決を変更している。

二  しかしながら、右判断は、首肯し難い。その理由は、次のとおりである。

民事訴訟法五五九条三号(但し、昭和五五年法律第四号による改正前のもの)所定の公正証書に記載すべき請求は、他の請求と識別できる程度に具体的に表示されることが必要であり、公正証書に請求として表示された請求権が存在しないときには、右公正証書は無効であり、右請求権と同一性の認められない他の請求権が当該債権者と債務者との間に存在していても、右公正証書がこの請求権を表示するものとして効力を有することとなるものではない。本件において、前記原審の確定した事実関係のもとにおいては、本件公正証書に請求として表示されている本件準消費貸借契約に基づく債権は、上告人ヱミ子が右契約において目的とされた本件売買代金債権に対してした弁済により、消滅していることが明らかであるから、本件公正証書は効力を有しないものというべきであるところ、原判決は、本件準消費貸借契約に基づく債権と本件求償権及び本件連帯保証債権とは実質的に同一視できるとし、本件公正証書は後者の債務名義としての効力を有すると判断しているが、本件準消費貸借契約に基づく債権又はその目的となつた本件売買代金債権と本件求償権及び本件連帯保証債権とが同一の債権とはいえないことが明らかであるから、原判決の右判断は同条の解釈適用を誤つた違法なものというべきであり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。したがつて、右の違法をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、原審の確定した前示の事実関係のもとにおいては、本件公正証書は効力を有しないことは前示のとおりであるから、上告人らの本訴請求は正当として認容すべきものであり、これと同旨の第一審判決は相当であり、したがつて、被上告人の本件控訴はこれを棄却すべきものである。

(裁判長裁判官 佐藤哲郎 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫)

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